(4日目)
この日は大晦日であったにもかかわらず日本とは打って変わって街の様子はいつもとまったく変わらなかった。朝、この旅としては遅めの8:30に出発して世界遺産ガジュラーホーに向かった。最初に西寺院群、次いで東寺院群を見学した。これら寺院群は以前ジャングルに埋もれていて19世紀になって発掘されたものだ。ここで私の興味を引いたのはこのヒンドゥー教寺院の外壁を埋め尽くす天女像や男女交合を表すミトゥナ像だ。一番多いもので646体の彫像があると言われ、その官能的な姿は当時の繁栄を象徴したものだ。最初遠くからは判らなかったが、近づいてみるとあまりに美しいその建築物と外壁の像に私は感動した。しかし各寺院を回り、あまりにも多くのエロティックなミトゥナ像を見入っていく内に何か赤面すらする思いになってきた。ガイドさんの解説によるとこのころのインド人は精力絶倫であったとのことだ。殊にチャンデーラの王様はそうであったらしい。
一度ホテルに引き返して1時間後、バスに乗って200kmの道のりを約6時間かけてジャンシーに向かった。ジャンシーに到着するころにはすでに日が暮れていて、更にバスの中でしばらく待たされた後、今度はシャタブディ・エキスプレスに乗り換えるためジャンシー駅の構内に入った。我々はプラットホームで目的の列車を待ったが何時間たっても列車はやって来なかった。駅構内なのに空気は依然として悪く、マスクを手放すことはできなかった。ここで私はいくらインドであるとは言え、そのいい加減な時間感覚に辟易した。線路内には本来あるべき列車ではなくネズミやイノシシ、そして牛までも往来していた。プラットホームには電灯が申し訳程度細々とあるだけで、ある売店にいたっては全くライトとも点けず営業していたのには驚いた。何時間かの後、何とかアーグラーに到着した時はすでに9時を回っていた。その晩は疲労のため死んだように眠った。
(5日目)
1月1日、元旦。前日就寝するのが遅かったにもかかわらず8:00過ぎにはもう出発してアーグラー城に向かった。この日は肌寒いぐらいの気温で私は一日中コートの襟を立てていなければならないくらいだった。赤砂岩で造られたアーグラー城は造りが壮大で、権力を誇示するかのように至るところに宝石がちりばめられていた。この城は後に訪れるインドを代表するタージ・マハルから実の息子によって追放されたムガル帝国皇帝が幽閉された場所として有名である。皇帝が遥か遠くタージ・マハルを眺めていたと伝えられる塔の上に立つと言葉では言い表せない哀愁を感ずるものがあった。そしていよいよアーグラー城から1時間かけて今回の旅行のハイライト、タージ・マハルを訪れた。タージ・マハルでは警備が厳重で、中に入るのにカメラと手荷物以外持込が許されず大変苦労した。長い通路を通ってタージ・マハルの正門に到着し、そこをくぐると真正面遠方に世界で最も美しい建築物と称される純白のタージが見えた。しかしこの日は霧が濃く、なかなか鮮明にその全貌を見ることができなかった。ここを訪れたイスラム教徒は元旦のみ1日4回の祈りの内2回をタージ・マハルに来るそうだが、元旦だと言うこともあって敷地内はものすごい数の敬虔なイスラム教徒で埋め尽くされていた。タージ・マハルはムガル帝国皇帝シャー・ジャハーンの皇妃ムムターズ・マハルのために造った墓である。皇帝はヒンドゥー教徒であったのにもかかわらず皇妃がイスラム教徒であることを考慮してタージ・マハルはイスラム建築様式だ。さらにその両側に巨大なモスクがどっしりと構えているのにはちょっと驚きを禁じえなかった。皇帝は自分が死んだ時のためにタージ・マハルの後方、ヤムナー河を挟んだ場所に同じ大きさのタージを黒の大理石で建造する計画だったが、三男の裏切りによりアーグラー城に幽閉されてしまいそれはかなわぬ夢となった。悲しい物語だ。
午後、アーグラーを出発して次の訪問地ジャイプールへ向かった。到着するのにここでも6時間かかった。インドという国はどこへ行っても道が悪く、高速道路と言っても路面がデコボコなので車内で日記を書くこともままならなかった。ジャイプールへ向かう途中、アクバル大帝の幻の都ファテープル・シークリーを見学した。ここは「夏の宮殿」とも称されている。その後、悪路を何とかジャイプールに到着し旧市街へ行った。ジャイプールは七つの門を持つ城壁に囲まれた町で町並みは全てピンク一色に統一されて(実は赤みがかった土気色なのだが)別名ピンク・シティーと呼ばれているらしい。ここではまずジャンタル・マンタル(天文台)を見学した。この天文台には石造りの観測器が並んでいて建物も巨大な造りであった。次にそこから歩いて数分のところにあるインドでも有名な「風の宮殿」を訪れた。タージ・マハルが霧でその美しさを肌で感じることができなかったこともあるが、ここで私はインドへ来て初めて美しい建築物を見たと実感した。更に10分ほど歩いて今のマハラジャ(王様の意)が暮らすシティーパレス通称「月の宮殿」を見学した。ここには代々のマハラジャが使用していたとされる衣類や装飾品が数多く展示されていた。
この日は多くの場所を訪れた疲労と食べ飽きたインド料理のため、ぐったりとしてベッドに身をゆだねた。
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